関羽の死 2016/12/1 By Leave a Comment 北方謙三の「三国志」を読んでいます。 全13巻で、今は第10巻。 もともと吉川英治の三国志が大好きでね。 他にも二つくらい別の人のを読みかけたが、全然肌に合わなかった。 北方のものは、吉川本以外では一番しっくりきた。 吉川本ほどの暑い筆ではないが、より大人ぽくあるところは魅力的。 でもやっぱ劣ってしまうな、とは感じていて、その最大の理由に関羽が輝いていないことがあった。 僕にとって、三国志とは関羽雲長の話でもある。 孔明や曹操も好きなキャラだけれど、関羽には及ばないのだ。 天下無双の豪傑にして、普段は素朴。むしろ知的。 華やかでありつつも、自分のための欲はなく、ただ義兄弟の劉備を、同じく義兄弟である張飛と盛り立てていくことだけに人生をかけている。 ま、理想の男性像なんだろうね。 その関羽が吉川本で死ぬ場面が、当時20歳くらいだった僕にとってはあまりに辛すぎた。 死ぬ場面が近いと感じてから、読書が進まない。毎日が重い。 そのうち、あぁ、これを超えなきゃ続きが読めねえや、と思ってやっと再開できた始末。 その場面が、またもやってきた。もちろん北方本での話だ。 やはり吉川本ほどは輝かない最期なのだけれど、それでも喪失感は大きい。 そして、曹操が続いて死んだ。張飛も間もなくといった感じだ。 若い時とは感じ方が違うのも当然だろう。 でも、同じく熱く感じる部分もある。 青春の話なのだろう。結局三国志とは。 残った孔明の孤独な奮闘ぶりにも熱くなるが、やはり、曹操、劉備、関羽、張飛、趙雲たちの世代の、それぞれの生ききっている姿が潔く美しい。僕にとっては、とりわけ関羽なのだが。 羨むように彼らの人生を思い、少しでも近づきたいと思う。 男は熱くなきゃね。 そう感じさせることにかけては、30年前に吉川本を読んだ時も、今回の北方本も同じようなレベルである気がする。
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