
今回は、皆さんのご意見を聞いてみたいので、僕はあえて「本論」としては黙っておきます。
ただ、「脇」の意見を2つほど・・・
①亀田(大毅)のボクシングはつまらないです。
僕は、このたびの試合はちゃんと見たのだけれど、イメージとは異なり、意外にも、あのボクシングはディフェンシブで「負けないスタイル」のものですね。
あの試合を「喧嘩」としてみて、どちらがよりダメージを受けていたか?といえば内藤選手のほうだったでしょう。
大毅選手のほうは「全くの無傷」であったといっていい。
では、内藤選手が負けていたのか?というと全然そうではありません。
大毅選手のようにガードを高く上げてカウンター狙いに徹すれば(さらに本人のボディーが鍛えられてあれば)、もうまともに倒しにいくことは「無理」であるといっていい。
その上で、内藤選手のほうも、半ば「KOをあきらめてポイントを獲りにいっていた」と思います。それだけのテクニックが彼にはあった。
そして、ある程度ハイレベルな選手が相手であれば、どの人とやっても試合はああいうもの(スープレックス炸裂・・・とかじゃないよ
つまり、大毅選手のボクシングは現状全く未成熟で、観賞に耐えないものであった。レベルの高い選手が相手であれば、毎回つまらない試合となり、結果は負けとなるでしょう・・・ということです。
②もしスープレックスしていなかったら?と考えると・・・
亀田側の反則は(ある分類法で)2種類に分けられます。
ひとつは、目を攻撃することによって、「実質的な利を得ようとした」もの。
まぶたからの流血がひどくなると内藤選手は視界を奪われますし、(まぶたからの流血は、元々はパンチによるもので)ヒットによって与えた傷が悪化すればTKOで大樹選手の勝ちになりますから、これは、やはり「悪意に満ちた」反則攻撃といえるでしょう(通常よくあることかもしれませんが)。
もうひとつはもちろんスープレックスですが、これは、噛み合わない試合(上述のとおり、大毅選手のスタイルに問題があります)と劣勢にいらだった大毅選手がストレスを爆発させただけの「若気の至り的な」もので、特に深い底意地のようなものからではないと思います。
でも、国民の怒りに火をつけたのは、後者でした。
そして、僕が問題に思うことは、おそらく、このプロレス技がなければ、今回の騒動も特にはなく、亀田の人気ぶりは大きく変わらず続いていたはずだということなのです。
それがなんとも妙な気分なの
国民やマスコミは、それまでの散々の下品な言動はある程度許容し、試合中の悪意的な反則も(気づかないから仕方ない部分もあるけど)許容し、そして、「やっちゃった」程度の反則に激怒して、遡る形で言動等を全否定しちゃってるわけですよね?
(現に、試合を観ていた僕は、スープレックス自体には特に何も思いませんでした)
その結果お父さんの史郎トレーナーは辞職にまで追い込まれたわけなんだけど、いったい、本当は自分の何を否定されたものやら、なんともわからないような感じだと思うのですよ。
「別件有罪」みたいな感じかな
因みに。
前にも言ったことあるけど、お父さんの史郎さんと僕とは、同年同月同日生まれです。
性分も表裏、人生の浮沈も全く同期化しておらず、そのテの占いとかが、いかに当てにならないかをよく表す好例ではないでしょうか?
まあ、それはさて置き、「亀田騒動」について皆さんの感じたことを教えてくださいね

『天使にラブソングを』映画版
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