宮崎駿引退。。。ニュースを聞いて、すぐに記事を上げたいなと思ったのだけれど、時間がなかった。
いろんな方が語り尽くしているだろうが、僕も一つだけ言いたいことがある。
「風立ちぬ」の中で、創造的な期間は10年しかないというセリフが何度か出てくるが、なんと宮崎監督は「自分の10年はとっくに終わっている」と語っていたらしいのだ。
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20130901-OYT1T00615.htm
それについてひと言。
「ごめんなさいだけれど、僕もその通りだと思っていました。」
ジブリ作品はすべてを網羅している、という状態からは遠いけれど、それなりにいくつか見てきている。
そのうえで、前半ともいうべきナウシカやトトロと、それ以降のものはテイストが違うとはずっと思ってきた。
前半はまさに創造性の塊という感じ。僕はトトロを好まぬが、それでも、この作品が当時の人たちの全く見たこともないような世界感を現出したものであるのは論を待たないだろう。
対して、後記のものでは、物語が壮大になり「曰く言い難いもの」を描くようになった。
これは生意気ながら、大家になった者にありがちな「逃げ」だろう。
もはや燃えあがるような創造性は湧いてこない中で、それでもジブリらしい素敵な世界を描かなければならない。そこで、善悪で割り切れない大きな話にして煙に巻いてしまおうとなった。
つまり『わかりにくいこと自体が目的となった』のだ。
昔はそうではなかった。
あるいは周りにわかりにくくとも、自分の感性ではわかりきったものを描いた。だって自分の中から湧き出るものを描いているだけなのだから、当然だろう。わかるとかわからないの問題ですらない。
ではなぜ、これほどの隔絶が起こったか。
それは、作品年代からイメージするよりも、これらが「生み出された」年代差が大きいことが最大の原因だろうと思う。
ナウシカ、トトロ、ラピュタなどはみな、彼が不遇であった30代後半~40歳ごろに着想された。映画監督としては誰にも相手にされていない間に、一気に書き溜めていたネタだ。ナウシカの成功後、これらがやっと日の目を見るのであるが、それら一連の作品発表も終了したころにジブリは評価が固まることになる。
この時すでに宮崎50歳。つまり、それ以前の作品と、それ以降の作品では、発表時期には連続性はあっても、着想時期や彼自身の境遇には完全な隔絶があったのだ。
そこで、40歳前後までの間が彼の「創造の10年」であったということになる。
いや、10年よりはさすがに長いだろうと、この記事を書くまでは僕も思っていたが、こうやって見るとそうでもないようだ。
テレビアニメのルパンなどからナウシカ製作まで約10年。
少なくとも「飛び切り創造性があった」のはその10年キリというので正しそうである。
所詮自分らとレベルが違うとはいえ、怖い話だなと思った。







