最近読んだ本に田中慎弥さんの「共喰い」と浦賀和宏さんの「彼女は存在しない」がある。
田中さんの方は、例の芥川賞授賞式の「もらっといてやる」発言で有名になったものだ。
この度、改めてと言うか、通しては初めてその会見模様をユーチューブで見たが、思っていたよりも全然エキセントリックなものでなくて驚いた。
シャイ度120%という感じの田中さんが、なかなかオスカーを取れなかったシャーリー・マクレーンの発言を引いて「自分も当然という感じ」と笑いを取ったまでは良かったが、案に反して、次の「都知事閣下のためにもらっといてやる」の方がドン引きに終わり、いよいよ神経衰弱して落ち着きを失っていった・・・というだけのもの。
あれを批判するなんて、ほとんど弱い者いじめちゃう?
そして、肝心の作品の方だが、これが残念なことに全然たいしたことない(と僕は思った)。
戦後臭の残る昭和期の場末、宮本輝的色彩感の中で衝動的な性が描かれたもの、と言えばいいだろうか。つまり既視感がきわめて強い。

でも、旧来の芥川作品のパターンなら(いや、そんなに読んでないけど)、そこでものすごい事件が次々起こったりはしないから、テンション高い設定の中でもある種リアリティーが保たれるのだが、彼の作品は現代読み物らしく?おどろおどろしいことが続々と繰り広げられちゃう。
う~ん・・・なんだかな感じだ。
どぶ川で釣ったでかいウナギとその死を、男性器や死の予感にだぶらせて何度も想起するというパターンも新味がない上に、うなぎが直截的すぎて奥ゆかしくないしね。
選考委員でもある石原都知事(当時)が「レベルに達していない作品ばかり」と言ったそうだが、さもありなん。数十年前の彼の受賞作の方が今でもはるかにモダンです。
対して「彼女は存在しない」は、文章ゆえのトリックを用いたどんでん返しもので、これもよくあるパターンの上に、出版自体が最近でもない。
さらに、冗長と言うか、途中のエピソードとかちょっとしつこく、僕としては3~4割スリミングして欲しい感じ。
でも、そのメイントリックが、ありがちではあってもやはり凄くてビックリ!なのだ。
つまり素直におもしろいし、読後の満足感が大きい。

これらふたつを比べて言いたいことは、十分にエンターテイメント性を持たせた芥川賞作品よりも、特に有名でもない大衆向けミステリーの小傑作の方が結局は勝っちゃうなら、純文学って何?ってことなのだ。
純文は難解な分革新的だったり、哲学的であるというなら、つまらなくても渋々我慢する。
でも、この作品には真新しさもないし、お化け屋敷よろしく(石原都知事)おどろおどろしいことが次々起こって、つまり通俗下品ですらある。
なのにたいしておもしろくもない。
しょ~~じき、厳しいな! 純文学。






