ハリー・ポッターシリーズの作者であるJ.K.ローリングさんが、新しい作品を発表するらしい。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/entertainment/harry_potter/?1330051235
ハリーの最終巻が出てからまだ5年。
これほどの偉業を達成したあととしては、非常に早い段階での次作と言えるのではないか。
素晴らしいことだと思います。
10~20年以上も経てから、老境に立っての小編を申しわけ程度にちょろりっと・・・くらいが普通だろう。
もう、これ以上書けないわ、となっても全然おかしくない。
その後ろ向きにならない強さに敬意を表します。
さて、この機会に、彼女のことについて、ちょっとおさらい。
ウィキから引っ張ってまとめるだけだけれどお付き合いを。
みなさんは、よく知っているかもしれないが。
●1990年に、マンチェスターからロンドンに向かう4時間遅れた列車の中で、小説の着想が突然誕生し、自宅に帰り、その晩のうちに書き始めた。本人にとっても初めての興奮する体験で、インタビューに対し、どこからイメージが湧いてきたのかわからないと述べている
その後、英語教師としてポルトガル在住中に結婚。一女ジェシカが生まれたが、夫との不和のため夫との元を飛び出し、1993年末にジェシカを連れて帰国後離婚。小説が売れる前のエディンバラでの生活は、離婚後の生活苦と貧困でうつ病になり、「自殺も考えた」ことがあると英北部エディンバラ大学の学生誌に明かした。
娘の存在に支えられながら数ヶ月をかけてうつ病を完治させ、貧しいシングルマザーとして生活保護を受けながら『ハリー・ポッターシリーズ』第1作『ハリー・ポッターと賢者の石』を執筆した。カフェに居座って執筆することが多かった。
こうして1995年に完成した原稿は、エージェントを通じて12の出版社に提出されたが、あまりに長編で、出版する会社は現れなかった。新人による子ども向け書籍の出版に取り組んでいたブルームズベリー出版社が出版することとなったのは、受け取った原稿を、編集者が自分で読む前に8歳の子どもに手渡して反応を見たからである。1時間後に部屋から出てきた子どもは、「パパ、これは他のどんなものよりもずっと素敵だ」と話した。
2001年には医師のニール・マレーと再婚し、2003年に男の子、2005年には女の子を出産している。≪以上≫
彼女の人生自体がものすごく感動的なドラマのようですよね。
電車が遅れた偶然についてや、ブルームベリー社の編集さんのお子さんがドアを開け、「パパ、これは・・・」と言った瞬間にこの大成功が決まったのだな、などと考えると、本当にドキドキしてしまう。
幸運にも恵まれて、すべてを手に入れた彼女のさらなる挑戦。
作品だけでなく、その今後もとっても楽しみです。

彼女は英国人女性の中で一番の資産家のはず(遺産相続者をのぞく)。彼女の場合、紙とペンだけでそれを築いたのだからほんと素晴らしいです。
また、多発性硬化症(MS)関連活動にも熱心ですよね。スコットランド系に多いこの病気の専門研究施設を設立するため、エディンバラ大に約20億円寄付してます。MSだった彼女のお母さんの名前を冠した研究所が昨年オープンしたはず。
私の恩師もMS系の病気でなくなったこともあり、この研究所の今後の活動も気になっています。
彼女は英国人女性の中で一番の資産家のはず(遺産相続者をのぞく)。彼女の場合、紙とペンだけでそれを築いたのだからほんと素晴らしいです。
また、多発性硬化症(MS)関連活動にも熱心ですよね。スコットランド系に多いこの病気の専門研究施設を設立するため、エディンバラ大に約20億円寄付してます。MSだった彼女のお母さんの名前を冠した研究所が昨年オープンしたはず。
私の恩師もMS系の病気でなくなったこともあり、この研究所の今後の活動も気になっています。
彼女は英国人女性の中で一番の資産家のはず(遺産相続者をのぞく)。彼女の場合、紙とペンだけでそれを築いたのだからほんと素晴らしいです。
また、多発性硬化症(MS)関連活動にも熱心ですよね。スコットランド系に多いこの病気の専門研究施設を設立するため、エディンバラ大に約20億円寄付してます。MSだった彼女のお母さんの名前を冠した研究所が昨年オープンしたはず。
私の恩師もMS系の病気でなくなったこともあり、この研究所の今後の活動も気になっています。
お~っ、やっぱり詳しい人がいた(笑)
>彼女は英国人女性の中で一番の資産家のはず(遺産相続者をのぞく)。
それだけの作品だったということに、僕は疑念を挟まないけれど、でも、そのことに最初に気づいたのがこの話の坊やだったというのが素敵です。
それから、欧米人の慈善事業への取り組みについては、本当に日本人は学ぶべきでしょうね。
お~っ、やっぱり詳しい人がいた(笑)
>彼女は英国人女性の中で一番の資産家のはず(遺産相続者をのぞく)。
それだけの作品だったということに、僕は疑念を挟まないけれど、でも、そのことに最初に気づいたのがこの話の坊やだったというのが素敵です。
それから、欧米人の慈善事業への取り組みについては、本当に日本人は学ぶべきでしょうね。
お~っ、やっぱり詳しい人がいた(笑)
>彼女は英国人女性の中で一番の資産家のはず(遺産相続者をのぞく)。
それだけの作品だったということに、僕は疑念を挟まないけれど、でも、そのことに最初に気づいたのがこの話の坊やだったというのが素敵です。
それから、欧米人の慈善事業への取り組みについては、本当に日本人は学ぶべきでしょうね。
>それから、欧米人の慈善事業への取り組みについては、本当に日本人は学ぶべきでしょうね。
敷居が低いから、気合を入れなくても入っていけるのでしょうね。パーティなどのイベントとセットになっていたりしますからね。
日本にもRSPCA並みの組織があれば、、、とは思います。
あ、主題に戻ります。
詳しい人ついでに(笑)、彼女が執筆に居座ったニコルソンズカフェ(多分こんな名前でした)はもう無くなりました。このカフェの前は何度も通りましたが、一度も入る気が起こりませんでした(笑)。薄暗く、湿っぽい感じのところです。安そうなので、学生は多少入っていたようですが。。。
その後、イギリスは不動産バブルを迎え、このカフェも別の人の手に渡り、今はスタイリッシュなレストランに代わった模様です。
>それから、欧米人の慈善事業への取り組みについては、本当に日本人は学ぶべきでしょうね。
敷居が低いから、気合を入れなくても入っていけるのでしょうね。パーティなどのイベントとセットになっていたりしますからね。
日本にもRSPCA並みの組織があれば、、、とは思います。
あ、主題に戻ります。
詳しい人ついでに(笑)、彼女が執筆に居座ったニコルソンズカフェ(多分こんな名前でした)はもう無くなりました。このカフェの前は何度も通りましたが、一度も入る気が起こりませんでした(笑)。薄暗く、湿っぽい感じのところです。安そうなので、学生は多少入っていたようですが。。。
その後、イギリスは不動産バブルを迎え、このカフェも別の人の手に渡り、今はスタイリッシュなレストランに代わった模様です。
>それから、欧米人の慈善事業への取り組みについては、本当に日本人は学ぶべきでしょうね。
敷居が低いから、気合を入れなくても入っていけるのでしょうね。パーティなどのイベントとセットになっていたりしますからね。
日本にもRSPCA並みの組織があれば、、、とは思います。
あ、主題に戻ります。
詳しい人ついでに(笑)、彼女が執筆に居座ったニコルソンズカフェ(多分こんな名前でした)はもう無くなりました。このカフェの前は何度も通りましたが、一度も入る気が起こりませんでした(笑)。薄暗く、湿っぽい感じのところです。安そうなので、学生は多少入っていたようですが。。。
その後、イギリスは不動産バブルを迎え、このカフェも別の人の手に渡り、今はスタイリッシュなレストランに代わった模様です。
>敷居が低いから、気合を入れなくても入っていけるのでしょうね。パーティなどのイベントとセットになっていたりしますからね。
なるほど。
そういう側面もあるんですね。
>その後、イギリスは不動産バブルを迎え、このカフェも別の人の手に渡り、今はスタイリッシュなレストランに代わった模様です。
そうなんだ!!
こういうのを保存したがるお国柄と思っていましたが・・・。
日本の方がむしろ残したがるくらいなのかな?
少なくとも、よく座っていたテーブルや一角の模様を保存しそうなものだけれど
>敷居が低いから、気合を入れなくても入っていけるのでしょうね。パーティなどのイベントとセットになっていたりしますからね。
なるほど。
そういう側面もあるんですね。
>その後、イギリスは不動産バブルを迎え、このカフェも別の人の手に渡り、今はスタイリッシュなレストランに代わった模様です。
そうなんだ!!
こういうのを保存したがるお国柄と思っていましたが・・・。
日本の方がむしろ残したがるくらいなのかな?
少なくとも、よく座っていたテーブルや一角の模様を保存しそうなものだけれど
>敷居が低いから、気合を入れなくても入っていけるのでしょうね。パーティなどのイベントとセットになっていたりしますからね。
なるほど。
そういう側面もあるんですね。
>その後、イギリスは不動産バブルを迎え、このカフェも別の人の手に渡り、今はスタイリッシュなレストランに代わった模様です。
そうなんだ!!
こういうのを保存したがるお国柄と思っていましたが・・・。
日本の方がむしろ残したがるくらいなのかな?
少なくとも、よく座っていたテーブルや一角の模様を保存しそうなものだけれど