
「数学の方程式なんかもぜんぜん役に立たない。生活に使うのは簡単な計算だけ」などと。
僕は、面倒くさくない時は反論する。
「いや、それらは論理的思考を身に着けるのに役立ってるんだよ。数学って論理そのものだから」などと。
こんな実験結果が出た。
●数学、物理得意だと高所得
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/education/?1319121706
大卒43歳平均の所得では、「数学が得意」と答えた人と、「国語が得意」と答えた人とで、年収に183万円もの差があるという。
これは、ひとつめにはやはり上に言った通りの理由からだろう。
論理的思考を養った人間というのは、つまり頭がいいので稼ぎもよいと。
ふたつめは、理系のほうが給料のいい仕事に就けるんでしょうね。
それから、たぶん、もともと頭のいい人が「算数や理科が得意」となり、残りがやむをえず「国語です」となる、という悲しい現実もあるかな(笑)
ちなみに、これは英語教育についてもそう。
「学校の英語なんて、あれだけ勉強してもちっとも会話ができない。内容がおかしいよ」などとよく聞く。
これは一利ないことももちろんないが、しかし、ああやって、日本語と差異の多い他国語を、文法を中心に学ぶということは、すなわち「頭脳自体を磨く」ためにやっていることであり、学校教育というのは本筋として「役立つこと」を教えることではないのである。
最後に、これを言うと嫌味になるが・・・
少なくとも僕らの年代まででは、東大・京大に受かろうという子は、文理に関わらず、共通一次の数学と物理(理科では、何が得意という以前に、物理だと満点が取れるので物理を選択するのです)で、一問も間違えないというのを最低条件に設定していました。
文学部を受かった僕も、数学200点満点、物理100点満点はともにクリアしていたはず(自己採点しかできん)。
それから、「得意科目は?」と聞かれれば、僕の場合
1.美術 2.算数~数学 3.音楽
かな~

『天使にラブソングを』映画版
なかなか有名な作品だが、恥ずかしながら初見でした。そして、思っていたよりもはるかに良かった。 ストーリーはシンプル。ハスッパなナイトクラブ歌手が思わぬことから修道女となり、そこで引き起こす悶着と、合唱指導を通してお互いが





