
山口智司著「人生を奮い立たせる アウトロー100の言葉」(写真)
主に近現代の著名人による「名言・迷言」を紹介した、とりわけ新味があるというほどでもないパターンの本ですが、「アウトロー」と銘打っているだけに、なんてのかな、「タフな」言葉が多く、笑え
その100言のうちから、僕が特に気に入ったものをここで紹介しますね
多分2回くらいに分けて行うことになるだろけど、まあ、これで多くの人にとっては、「もう買わなくてもいいかな~
山口さん、ごめんなさい!
①順調な成功を重ねるトーマス・エジソンだったが、1914年大火事に会い、蓄音機の製造工場がすべて焼失した。しかし、彼は意気消沈するそぶりもなく、わざわざ家族を呼び寄せこう言った。
「こんな大きな火事にお目にかかる機会はめったにないから、じっくりと見ておくがよい」
当時70歳だった彼の頭の中は、すでに再建計画でいっぱいだったという
②真珠の養殖に成功した真珠王・御木本幸吉は、1905年、伊勢神宮参拝の明治天皇に拝謁した時に、こう豪語した。
「世界中の女の首を真珠でしめてご覧に入れます」
やがて「ミキモト・パール」は世界で認められ、養殖真珠は日本の重要な輸出品となるほどに
③これは僕もよく知っている「事件」
見知らぬ人の酒代まで、一晩で300万にも上る金額を“おごる”ほどの豪傑中の豪傑だった俳優の故・勝新太郎。
彼が1990年、コカイン所持のためホノルル空港で現行犯逮捕された時の記者会見。
コカインがなぜパンツの中にはいっていたかわからないととぼけた後で「もうパンツははかないようにする」
ユーモラスですね
④セックスピストルズの2代目ベーシスト、シド・ヴィシャスは、生涯を通じてパンクを地で行く生き様を貫き通した。
ステージで、客は殴るわ、自分の体を切りつけて胸や顔から血を流すわ、客席に倒れこんで少女の客にヘッドバッドをかますわ、もうメチャクチャ。
あるレコーディングの時、彼は屋上の端を自転車で走っていたが、落ちたら死ぬぞと言われて「それだけかよ?」
1979年、弱冠21歳にして薬物の過剰摂取によりこの世を去ったシドは、パンクの象徴として崇拝の対象となった
⑤明治時代の美術評論家岡倉天心がアメリカに滞在していた時のこと。
現地人の「あんたら何ニーズだ?ジャパニーズかい、チャイニーズかい、ジャワニーズかい?」という冷やかしに切り返して、「私たちは日本人紳士だ。きみこそ何キーなんだい?ヤンキーかい、ドンキー(ロバのほかに、ばか者の意味あり)かい、モンキーかい?」
やってくれましたね
⑥最後は飛びっきりとぼけたやつを。
南方熊楠は、世界的な博物学者で、民俗学の創始者。歩く百科事典とまで言われた記憶力も有名だが、集中力も人間並みではなかった。
よく8畳の離れで読書や書きものを始めてしまうと、没頭のあまりいつまでたっても出てこなくなってしまう。
そして、ようやくと家族の前に出てきたとき、こう尋ねるそうだ。
「お前たち、わし今朝からめし食ったか?」
どうでしたか?
なかなか皆“タフな”やつらでしょう!?
明代の中国文学を読んでるときのような楽しさがあるよね
気に入った言葉に感想など下さい
続編もまたしますが、その前に、今から最終の新幹線に乗って京都に行ってまいりますので、多分その後で。
では

『天使にラブソングを』映画版
なかなか有名な作品だが、恥ずかしながら初見でした。そして、思っていたよりもはるかに良かった。 ストーリーはシンプル。ハスッパなナイトクラブ歌手が思わぬことから修道女となり、そこで引き起こす悶着と、合唱指導を通してお互いが





