
ご存知ベッソン監督は、生涯に「10本しか映画は撮らない」と宣言されている方で、そのお騒がせな彼の(なぜか第10作目
監督はもうとにかく才能に溢れた人で、僕が観た中では『グラン・ブルー』『レオン』が双璧、『ニキータ』『フィフス・エレメント』も良い作品です。また兄弟作にあたる『ニキータ』と『レオン』はともかく、それ以外はがらっと作風が違うところも天才といわれる所以だと思います
そんな彼も、残り4作ほどになって、さすがに「あと何々を撮っておくべきか」というプレッシャーを感じていると僕はみていますが、前作の『ジャンヌ・ダルク』が歴史超大作だったから「次は小品でくるだろうな」と予想はしてたんだけど、『アンジェラ』はその予想を上回る“THE 小品”でした
顔も頭も悪い小男の主人公は、さらに借金の追い込みを掛けられて、もう明日の命も知れない状態
河に身を投げようかと欄干をまたいで横を見てみれば、同じように飛び込み直前の女の子がいた。「何してるんだ!?」「あなたと同じことよ」いうやいなや飛び込んでしまう彼女。
「すわっ」と
それから男の人生は好転をはじめるが、どうしても彼が気になるのは根源的な謎。つまり「彼女は何者なのか
意を決して彼女を問い詰めてみると「実は天使なのよ」と大真面目に答えるが、あながち冗談でもないようで・・・
アンジェラ役のリー・ラスムッセンは、『フィフス・エレメント』『ジャンヌ・ダルク』両作のヒロインでベッソンの前妻でもあるミラ・ジョヴォヴィッチそっくりのモデル系女優。
そのミステリアスな圧倒的存在感を作品の核に据えるのは相変わらずの“ベッソン節”だけど、前作では“映画としての重厚感”だけをテーマにするためにわざとストーリー的なテーマ(メッセージ)を持たさなかったのと対照的に、本作は“テーマ(メッセージ)1本”で作ったようなイメージです。(その全く対照的なところ、振幅の大きいところ自体も“ベッソン節”なんでしょうね
では、そのテーマとはですが・・・
それは「みんな、もっと自己愛を持って生きようぜ!」ということなんだと僕は思いました
自分を愛せない者は、口ではなんだかんだいっても結局は自分が変われないと思いながら生きている。だから、人生を変えたいと思うならば自分を愛すことから始めなくてはダメなんだ・・・と。
これはね、僕も常々思っていることなんですよ。
っていうか、こっち(東京)に来て徐々に思うようになったんだけど、こっちの人は関西の人に比べて「自己愛が足りない
写真撮ってると、京都の女の子なんか、最初は遠慮してるくせにしばらくするとにょきにょきっと自己表現をしてくる。「わたしのかわいい表情を撮ってね!」って感じの
目に光が満ち満ちて、ポーズに媚が浮かんでくる。
これは日頃鏡の前でしていないと絶対にできないことだと思うし
それに比べて、関東の人はなかなか自己表現できない人が多い。僕は命がけで写真撮ってるし、すごく歯痒いんだけど・・・
それを最初は「照れるのかな~」とか思ってたんだけど、半年くらい前から「これは自己愛の欠如だ
僕はね、(このブログでは特に)“ナルちゃんナルちゃん”言われるけど、自己愛はものすっごく大事なものだと思いますよ
というのは、人間の愛は自己愛(もしくは自分の分身たる子供への愛)しか存在しなく、その延長・投影として肉親をはじめとする他者への愛が生まれるから、自己愛の薄い人は他人への愛情も薄いものになっちゃう。また幸せになれない人の典型的なパターンは「幸せになりたい気持ちが足りない」のであって、それは自己愛が不足しているためだと思っているからです。
ちょっと重くなっちゃった
でも、そんな自己愛の不足している世相だからこそ、ベッソン監督はそれのみにテーマを絞って本作をものしたではないかと、まあそう勝手に思ったわけです

『天使にラブソングを』映画版
なかなか有名な作品だが、恥ずかしながら初見でした。そして、思っていたよりもはるかに良かった。 ストーリーはシンプル。ハスッパなナイトクラブ歌手が思わぬことから修道女となり、そこで引き起こす悶着と、合唱指導を通してお互いが





