
僕は両親からその特徴を半分ずつくらいもらったと思っていますが、そのうち母の啓子からは情に厚く涙もろい性格と猿っぽい口元を受け継ぎました(父の俊夫からは頭脳明晰なところ←ごめんなさい
父は若い頃は怖く、子供とはじゃれない威厳ある人だったのに対し、母は子育て中心の人生で(専業主婦)まじめ一筋・愚痴多し・・・という、もう本当に典型的な日本人家庭だったと思います
父はインテリらしく、子供向けの文学全集や百科事典を家にそろえていましたが、それを子供に読み聞かせるのは母の啓子の仕事でした。
啓子は人前に出るのが嫌いな性格なので、まさか他人様の前ではそんなこともなかったでしょうが、ありがちな話、子供たちを前にしての絵本の朗読は“名人の域”でした
その彼女の“啓子朗読傑作選”の中でBEST1をあげるとしたら、僕は迷うことなく「フランダースの犬」を選びます
まじめ一筋、人生に後悔することはほとんど趣味レベル、母性本能豊かで情に厚く涙もろい・・・という啓子の性分は、「フランダースの犬」を読み聞かせるのにこれ以上ないものだったのですね
妹の和子が、まあ性懲りもなく2年ごとに1回くらい啓子にフランダースをおねだりすると、啓子も好きな話なので気持ちよく請合います。
兄の謙介と3人で(兄は途中からいなくなりましたが)寝そべりながら聞く啓子の朗読は素晴らしく、僕たちは物語の世界に完全にのめりこんでしまいます。
でも、毎回絵本の世界にのめり込んでしまっているのは啓子も同じことだったのです・・
ネロ(僕たちの本ではネルロでした)が病魔に冒され、ルーベンスの絵画を観にパトラッシュと協会に向かい出すと・・・毎年毎回、啓子の声が涙に詰まって続かなくなってしまいます
僕たちは「あれっ
啓子の顔はうつむき加減でその目元は見えませんが、鼻は真っ赤で鼻腔が小さく閉じています。
なんとかかんとか読み続ける啓子ですが、最後の1ページは惜しくも毎回開くことができず、「最後は読んどいて」と言い残して洗面台のタオルに向かって走り去ってしまうのでした・・・
甘いんだな~
もちろん、そんな啓子の朗読による「フランダースの犬」は最高に感動的でした
母の思い出(存命中です)としての「フランダースの犬」とか、若かったからこそ感動できたニーチェとか・・・。そういう“人生の1ページ”に組み込まれちゃった書籍というものはなんかこう別格なんですよね

『天使にラブソングを』映画版
なかなか有名な作品だが、恥ずかしながら初見でした。そして、思っていたよりもはるかに良かった。 ストーリーはシンプル。ハスッパなナイトクラブ歌手が思わぬことから修道女となり、そこで引き起こす悶着と、合唱指導を通してお互いが





